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九州国立博物館(福岡):歴史の地に建てられた大型博物館

カテゴリー見出し博物館

九州国立博物館

名称九州国立博物館
ジャンル歴史文化系 主に九州地方の歴史全般 特別展では美術も扱う
所在地福岡県太宰府市石坂4-7-2
開館時間9:30-17:00(入館は16:30まで)
休館日月曜休館、祝日の場合は翌日休み
入館料大人420円、学生130円 特別展は別料金
交通機関西鉄・太宰府駅から600m、徒歩10分
マイカー・太宰府ICから東南へ12km、20分
・駐車場500円/1回、(入館者割引なし) 収容313台
その他の基点太宰府天満宮から東南へ500m徒歩10分
福岡市中心部から15km
問合わせ092ー918ー2807(代)
http://www.kyuhaku.jp/


■概要

従来例のなかった地方での歴史系国立博物館として、平成17年(2005年)大宰府天満宮の隣に誕生した豪華な博物館。2km西で礎石だけが残っている大宰府政庁址は古代から中世まで九州の首都として、また朝鮮半島や中国文化の玄関口として永く機能してきた。九州国立博物館はこの歴史を踏まえ、国内各地及び海外との「交流」を基本テーマにしている。屋根のうねりは波をイメージさせる。
国庫は赤字のはずだが国の威信を賭けたかのような巨大な造りで、いつも団体客で賑わっている。2007年には天皇も訪れた。

■内容詳細

・館内は広くすべてを見るには半日程度必要。
・展示室内の撮影は不可。ボールペン使用不可。
・展示室案内員少数、ボランティアガイド常時あり。
・資料室なし
・レストラン、カフェあり

・特別展を一年の半分以上開催、歴史と離れた企画もある。
・常設展示での展示替えを随時行う。HPに情報あり。
・週末には小規模な各種イベント開催、毎週火曜に展示解説ツアー開催。
・2度目からは事前にHPで展示内容を調べておいたほうがよい。

◇駐車場の注意

・収容台数は多いがイベント期間の週末などは満車、渋滞となる。
・博物館HPの駐車場地図は使いにくいので注意。
・第1駐車場が太宰府方面から入りやすいが、渋滞が多い上に歩行距離が長い。
・第2駐車場は太宰府方面と反対の北東側からアプローチするため博物館自体を目指しているとかなり大回りさせられる。
・第1・第2駐車場ともカーナビでは東から入るように設定しておくとよい。


■評価&所感

歴史全般を広く扱っているので、上級者は自分の関心分野にヒットする展示があれば楽しめる。ひとつひとつの展示物や展示方法は実に立派である。
古代史というひとつの分野に関心の高い筆者には量が物足りなかった。
こういった大規模な施設では全体を眺め回しても予め関連知識がないと得るものが少ない。むしろ初心者はひとつでも興味惹かれる対象を発見できれば成功だろう。

投影スクリーンが幾つかあり、CGと実写による映像をシアター感覚で楽しめる。
展示室にボランティアガイドが何人かいるので、積極的に質問してみるのもよいだろう。
博物館では展示を見て記載文章を読むだけでは印象に残りにくい。人との会話があるとよい勉強になる。ただしボランティアガイドには個人差があることに注意しておこう。


◆Pic up!

◇シアター4000

展示室の一角にある小規模な上映施設。筆者は「シアター4000」のスーパーハイビジョン映像に興味があった。これはハイビジョンに較べて縦4倍、横4倍、面積で16倍の解像度という高精細画像である。
幾つか用意されているプログラムのうち「海の正倉院・沖ノ島」「不思議・再発見!200年前の日本地図」という2本を観たが、残念なことに動画ではなく、静止画にナレーションの入ったものだった。精細さは言うまでなく細部までじっくり観察したくなる高画質なのだが、これでは一眼レフデジカメの写真を投影したのと同じことだ。動画での超高精細映像を見たい自分は期待が外れた。

◇海・森・火山


こちらは横長のスクリーンで古代九州のCG映像を見せてくれる部屋。
このブログ内の別稿「古代史探訪」で取り上げた鹿児島の上野原遺跡が登場し、その遺跡に壊滅的被害を与えた鬼界カルデラ噴火から人々が逃げまどう場面がある。

◇「ダンワラ古墳出土鉄鏡」との出逢い

この名称を聞いて何のことか解るのは古代史マニアだけだろう。
2008年に初めて九州国立博物館を訪れた時、九州地方古代史のコーナーで数枚の青銅鏡が並ぶ中に異質な鏡が一枚混じっていた。

九州国立博ダンワラ古墳出土鉄橋

表示にはたしか「大分県日田市」としかなかった。青銅鏡に較べて破損が大きく、破片をパズルのように並べた状態に置かれ、青銅の青緑色とは異なる鉄サビの赤茶けた色の中に、玉のごとき小さな埋め込みがポツポツと鮮やかな赤色や緑色を放っている。

当時古代史の知識が乏しかった筆者だが妙に気になって、ボランティアガイドに訊ねてみた。数名をリレーしてたどり着いた博識の人によれば、これは大分県日田市で鉄道工事中に見つかった遺物で、出土場所はすぐ壊されてしまったため古墳があったのかどうかも含め発見状況は不明、同時出土は小さな帯金具だけが博物館に所蔵されているという。発見者の報告はあるが調査がなされなかったので、考古資料としては謎ばかりだという。

青銅製の鏡は国内で2000枚も発見されているが、鉄製の鏡はほんのわずかに過ぎない(枚数不詳)。鉄がボロボロに酸化し発見にならないという理由だけではなく、古代の鏡は青銅で作るのが普通だったからだ。日田にもたらされたものはなぜ鉄なのか。

その鉄鏡は紀元前、前漢時代中国製と言われ、類似品は国内未発見。その時代の日本は弥生時代で先進地域の佐賀や福岡では1世紀に金印を受領した「奴国(なこく)」などの地域国家が成立していたかどうか不詳という時期に当たる。

名称を「金銀錯嵌珠龍紋鉄鏡(きんぎん さくがん しゅりゅうもん てっきょう)」という。国指定重要文化財。
これほどの高度な製品が中国や朝鮮半島の窓口である北部九州地方を通過して大分県日田盆地に至ったのはなぜだろうか、関門海峡を通り海路で運ばれたのだろうか。想像の仮説ばかりが飛び交うミステリーである。

ここでは以上の簡単な紹介に留めるが、また稿を改めて推理してみたい題材のひとつだ。
九州国立博物館で常設とされているが、2010年の訪問時は収蔵庫にしまわれていて会えなかった。

2010年頃、なぜか朝日新聞に大きな写真でこの鉄鏡が紹介されていた。古代史の謎といったテーマ記事だったと思う。これで少し有名になったかもしれない。

◇学術的質問への丁寧な対応

2度目の訪問時、展示での文章説明に興味を惹かれるものがあった。
筆者はたいていの博物館で学芸員に質問しているが、九州国立博物館では来場者への質問に面談するという体制はとっていない。代わりに受付で用紙に記入しておくと、後日メールなどで回答してくれる。
その手間をかけてまで答えてもらうには些細な疑問で気が引けたが、試したところ1週間くらいで丁寧なメールが届いて、長文で説明がなされていた。回答者の名前は博物館の研究員でも高いポジションの人であった。恐縮しながらお礼のメールを送ったのは言うまでもない。
ちなみにその質問とは「海上他界観」
弥生時代の北部九州では、人は死んだ後に海の向こうにある別世界へ旅立つという思想があったのではないかという仮説である。
簡単に書くが、筆者が惹かれたのは弥生時代に船葬があったのではないかという意見を聞いていたからだった。証拠がないので断定はされないが、地上にこれといった墳墓の残っていない社会集団は遺体を海に流した可能性がささやかれている。海に沈んでしまっては現在の考古学で調査できないのがもどかしいが、古代社会を想像する時にひとつの可能性として、念頭に置いておくべきことだろう。

九州の北部は弥生時代、日本の最先端地域だった。その後の歴史においても朝鮮半島と中国大陸への窓口になって重要な事件がたくさん起きた。九州国立博物館はそういった九州の歴史を広く伝える存在として永く活躍して欲しい。

■筆者の最新利用時期:2010年11月





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