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東尋坊(福井):断崖絶壁の奇観

カテゴリー見出地形地質

東尋坊火代表画像

【この「カテゴリ地形地質探訪記」はこれまで地学に馴染みのなかった方に、大地の成り立ちの面白さを伝えるために作製しています】


名称東尋坊:とうじんぼう
越前加賀海岸国定公園
国指定天然記念物
国指定名勝
地質百選
所在地福井県坂井市三国町安島
交通機関小松空港からJR北陸本線で芦原温泉駅へ
JR芦原温泉駅から京福バス40分「東尋坊」バス停下車
小松空港から東尋坊は車で45km50分
マイカー北陸自動車道金津ICから15km、20分
市営駐車場有料500円。店舗駐車場は利用者無料。
駐車場から東尋坊海岸まで徒歩400m
その他の基点福井市中心部から25km
金沢市中心部から70km
勝山市の恐竜博物館から40km
付帯施設特になし
問合せ先坂井市三国観光協会 TEL:0776-82-5515
http://www.mikuni.org/index.php

◇見学詳細

・自然地形なので入場は自由。遊歩道外の岩場へも行動可能。
・案内板・自然解説板・文学碑など多数あり(身投げ防止の呼びかけもある)。
・観光地としての東尋坊エリアは500m四方程度。
・北へ2kmの雄島、さらに東へ2.5kmの越前松島へも遊歩道が通じる

・遊覧船は30分コースで大人1200円など。東尋坊観光遊覧船HPに情報あり。
・地上55mに上がれる東尋坊タワーの入場は500円

◇地名読み方/地質用語

坂井市:さかいし 三国:みくに 雄島:おしま 九頭竜川:くずりゅうがわ
柱状節理:ちゅうじょうせつり 輝石:きせき 橄欖岩:かんらんがん

東尋坊地形図


■東尋坊の概要

◇現地石碑による説明文

東尋坊説明石碑

◆石碑説明文
「天然記念物名勝東尋坊
九頭竜川河口三国港から雄島を経て梶浦に至る間の海岸はその基盤が第三紀層より成り柱状節理を成せる種々の火山岩が之を貫いている。その中東尋坊岬に近く露出しているのは直立粗大なる柱状節理を呈せる複輝石安山岩で、その海に面した絶壁の部分を東尋坊といっている。雄島は一種の橄欖輝石安山岩よりなり、その柱状節理は斜走して豪快なる波蝕を呈しその東崎梶の海岸には美麗な柱状節理をした玄武岩輝石安山岩の大小の岩礁散在し、所々に波蝕による幾多の洞窟石門を呈し奇景を極めている。 昭和43年3月 管理団体 三国町」


これを現代風に言い換えると次のようになる。

3km南になる九頭竜川の河口から雄島を経て梶浦港まで8kmの海岸は、数千万年前に海に堆積した地層と、それを地下から貫いた火山岩が露出している。
東尋坊の岬では柱を並べたような柱状節理と呼ばれる特徴のある岩が絶壁を成し、岩石の種類は複輝石安山岩という。
また陸地から離れている雄島は橄欖石(かんらんせき)安山岩、東の梶浦では玄武岩輝石安山岩という、同様の柱状節理ながらやや異なった種類の岩石が見られる。海岸沿いではそれらの岩が波に浸食され、洞窟や門のような奇観を呈している。


さらに上の文意にこだわらず東尋坊の成り立ちを紹介してみると、次のようになる。

東尋坊の絶壁を成す岩石は、火山活動によって地下から上昇したマグマが地表まで溢れることなくそのまま冷え固まったものである。固まる過程で岩石は収縮するため、亀裂が生じて柱状節理という規則的な割れ目ができた。その後地面が隆起したことで海面から姿を現し、波によってまず周囲を覆っていた古い岩が削られ、柱状節理の岩も少しずつ削られたり崩れたりして現在の姿になった。

◇補足

・上記の地面が隆起したという部分は筆者の加筆で、石碑の文章にはない。しかし現在では定説であり、隆起していなければ今でも地中に隠れているはずである。
・岩石の種類が安山岩というのは、最近になって「デイサイト」という種類に見直された(デイサイトについては後述)。
・三国町は現在、坂井市に合併している。

東尋坊説明板加筆 岩の成り立ちについて現地説明板の画像(クリックで拡大)

■基礎の確認:「柱状節理」


「節理」とは岩石にできている規則的な割れ目のことで、岩石の種類によって特有の節理ができる。東尋坊のように長い柱になるものを柱状節理と呼び、一本の柱の断面は主に五角形から八角形までの多角形になっている。柱の太さは数センチと細いものから1m以上に及ぶものまで様々。
柱状節理ができるのは火山に関係があり、溶岩や火山灰が固まった岩石によく見られる。
でき方については後述する。


■東尋坊の隆起運動

この柱状節理の岩は地中で形成され、その後隆起して地表に現れたと上に書いた。これはもちろん想像でなく、定説である。
現在の岩は海面から30mほど高くなっているので、少なくとも100m以上、数百メートルは上昇しているかもしれない。
この隆起の力はどこから来たのか。

地図で見ると東尋坊付近は海に突き出しており、しかも周辺より高い丘陵になっている。南北の海岸線には浜があり、断崖地形は長く続いていない。丘陵の高い場所は標高80m、範囲は4km四方であり、この狭い地域を加越台地という(上図参照)。
ここから東北に向けて徐々に高度が下がり、10kmほど先でまた上げる。そこには複数の逆断層が存在し、この断層位置を支点として南西側が傾きながら隆起しているという見方がある。ただしその運動領域は地形で見る限り、ごく狭い。

実は北陸地方の海岸付近は隆起や沈降が様々で複雑な地殻変動を続けている場所である。その中で東尋坊付近は隆起し、すぐ南の坂井市から福井市街は沈降して盆地となっている。そういった変動は大きく見れば日本列島にかかるプレート運動による水平圧縮力に原因があり、伊勢湾から若狭湾にかけて本州のくびれていることとも関係がありそうだ。
限られたエリア毎にどのような動きをしているか、どこに断層が隠れていつ動いたかはまだ調査の途上にある。
東尋坊のように狭い範囲で独自に動いているように見える現象は、大きな変動の一部分として、乱れた動きをしていると考えてもよいかもしれない。


■柱状節理の形はなぜできるのかの簡単な説明

誰でもこの岩を目にすれば、どうやってできるのか不思議を感じることだろう。
遊歩道沿いの説明板に、地質解説には珍しく詳しいことが書いてあった。
「横断面が六角形になる原因についての定説は今のところありません。一つの仮説として、安山岩が冷えるとき、冷却面上に冷却の中心が、互いに等間隔に発生します。そして安山岩が冷え固まるとき、冷却の中心に向かって収縮するとすれば、中心間に割れ目が生じます。そのとき一番効率的な割れ方は、正三角形が組み合わさってできる六角形になると考えられます」

以下で筆者の言葉と画像に置き換えて、解説を試みる。

1:断面が六角形になる理由

問題:平面上に多くの点を互いに等間隔になるように配置するとどうなるか

東尋坊柱状節理冷却点分布のQ
 ↑このように考えるのは、間違いである。これでは縦と横の間隔に較べて斜め方向が遠くなる。



 東尋坊柱状節理冷却点の並び方
右図が正解。ひとつの点に対して、6つの点が等間隔になる。

このとき、点と点を仮の線で結んでみると、正三角形の連続になっている。

東尋坊柱状節理冷却点を結ぶ正三角形



さて、岩石はマグマとなっている液体から冷却して固まるとき、収縮する。
最初に冷え始める表面は一定以上の広さがあればひとつの固まりとして小さくなるのでなく、小面積ごとに収縮しようとし、それぞれで収縮の中心ができる。
一点に収縮の中心が発生するとき、周囲のあらゆる方向から中心へ向かおうとする力が生じる。特定の角度に限定されることはない。

東尋坊柱状節理ひとつの冷却点イメージ

収縮する岩石で、成分や力に偏りがなく全体に均一であれば、多数発生した収縮中心点は、上の図のように自然に等間隔で並ぶはずである。

ここで、ある点と点の間に注目してみる。そこでは両側から引っ張りの力を受けるため、中心に亀裂が始まり、中心を結ぶ線と直角に延びていくはずである。

東尋坊柱状節理ふたつの冷却点間の亀裂

同じことがすべての点と点の間で起きる。その結果、下図のように、点と点の間で亀裂が生まれていく。

東尋坊柱状節理冷却点多数の亀裂

延びていく亀裂は斜め120度から延びてきた2本の亀裂と出会い、そこで成長は止まり、六角形として独立する。

以上が、断面の六角形になる理由である。大前提は均質であることで、実際の自然状態ではなかなかそのような理想条件がないために六角形以外の不規則な多角形が多くなる。

次に、この表面にできた亀裂が地中に延びて柱を作る仕組みを見てみる。こちらのほうが易しい。

2:長い柱状になる理由

    冷却が表面から徐々に進むにつれて、亀裂がその方向に深まっていく

  東尋坊柱状節理柱状になる仕組み 
・均等に冷却が進行する限り、亀裂も隣同士で均等の間隔のまま深まる
・冷却の進行方向によって亀裂の進む方向も左右され、曲がることもある。

(自然の仕組みで「3」というのは一種の神秘性を感じさせる。植物で「単子葉類」と分類されるユリやランの仲間は、花弁の数が3の倍数になっている。この植物形態も意外と単純な物理法則に原因があるのかもしれない)

・柱状節理については火山列島日本の重要な岩石形態なので、別稿でも改めて紹介する予定である。


■マグマが地表を流れてきたのか、地下から上昇して貫入したのかの判別

ある専門家の書いた本では、東尋坊の岩石を「マグマが地表に噴出してできた安山岩で~」と書いてあったが、この「地表に噴出してできた」というのは間違っている。地表に噴出することなく、蓋をされた地中で空間を満たし、そのまま冷え固まったというのが定説である。
国内各地で見られる柱状節理の大部分は、確かに地表に噴出したマグマが流れ、ある程度の厚みになって止まった後、冷えて固まったものである。その先入観で東尋坊も見てしまうと間違える。

定説の根拠はこうである。
現在、海岸のすぐ上部で柱状節理岩の上に乗っている堆積岩の様子を見ると、接触面には熱による変質が認められる。
もしマグマが地表を流れたとすると、その上に堆積岩が乗るためには固まったマグマが一度海中に没してからでなければ、その上に砂や泥が堆積することはない。しかし海中に没するには時間がかかる上に海水ですぐに冷えてしまうから、砂や泥が堆積しても熱変質を起こすはずはない。
よって、堆積岩と柱状節理を作った岩との接触面での熱変質を観察した結果から、柱状節理を作ることになったマグマは地中から上昇して、すでに上部にあった堆積岩層に突き当たったものだと考えられる、ということである。
(参考:福井市自然史博物館研究報告2005 吉澤康暢)


■福井平野の断層活動

福井平野北部の坂井市周辺は、現在の海抜が4m。6000年前の縄文時代、海水準が数メートル高かった時期にはだった。そのころの東尋坊付近は東から長く延びた半島になっていた。波の浸食に強い岩だったからである。

福井平野が縄文時代に海で、今でも10mに満たない低地なのは、隆起する東尋坊付近とは逆に土地が沈降しているからである。その境界には断層があり、地震の度に隆起する部分もあれば、下がっていく部分もある。沈降した土地には九頭竜川などが山から削り取った土砂を運び込んで埋めていき、現在の平野を作ってきた(上の地形図参照)。東には1000m以上の山地から2700mの白山など侵食を受けやすい火山地形が隣接しているため、低地を埋めるに十分な土砂が供給されてきた。

そのような成り行きで形成された福井平野の地下構造は、最深で地下400mまで土砂の溜まりである。そのため福井地震では液状化を起こし被害が大きくなった。
もう言われているかもしれないが、福井市と坂井市に住んでいる方は河川氾濫への対策と自宅が耐震構造なのかを確かめたほうがよい。

[福井地震]
昭和23年(1948年)6月28日に福井平野を震源に起きたマグニチュード7.3の地震。4000名の犠牲者を出し、平野の中心に25kmに渡る地割れが生じた。この地震が起きたため、今後しばらく同程度の地震は起きないのではないかとの見方がある。


■補足:岩石の種類と固まり方

東尋坊の説明で「『輝石安山岩の柱状節理』という、地質学的にも珍しい奇岩」と紹介されているのは、いま修正を迫られている。

東尋坊の遊歩道に設置されている説明板でも「安山岩」と書かれているが、これは古い考え方で、新しい分析によって今では「デイサイト」という岩であるとされた。デイサイトは標準的な安山岩よりもケイ素(SiO2)の量が多い岩と定義され、成分的には流紋岩や花崗岩に近い。安山岩と分かれる理由は地中深くから上昇する前に温度が下がるなど、固まる前に成分の分離が進んだことによる。

東尋坊火成岩分類

火成岩の分類に深入りすると一般向きには難しいハナシになってしまうのでこれ以上は省略しておく。
岩の種類が見直されたことは地形形成を語る上で大きな変化にはならないと思われる。
ただ東尋坊柱状節理の成り立ちが、「地質学的にも珍しい奇岩」ではなくなり、より自然に考えられるようになった。



◆奇観体験を大切にしよう

東尋坊は古くから知られているために、柱状節理構造で代表的な海岸奇観となっている。火山国日本では各地で有名になっている地形なので観光旅行を繰り返せば何度もお目にかかるだろう。一般的にはなぜそのような形ができたのか、不思議に感じたまま、やがて思い出さなくなってしまう人が大部分に違いない。

家族で観光に訪れて、どうしてできるのか子供が質問したとき、親は何と答えるだろうか?
ある程度地学を学んだ人でも、正しく答えることは非常に難しいはずである。
その疑問を大切にし、一緒に考えてみるという姿勢を持てる家族からは科学者が育っていくのではないだろうか。“不思議”と出逢った体験をどれだけ大切にできるかである。
有名な観光地である東尋坊の見学をきっかけに、岩の形状から火山活動、地中内部の構造へと興味をつなげていくことができれば、その一日は有意義な体験になることだろう。


◆東尋坊という名称の由来

由来には諸説ある中で、事実かどうかは別に次の説話がよく語られる。
現・勝山市にあって中世に隆盛を誇った平泉寺(へいせんじ)に、乱暴で手に負えない東尋坊という僧がいた。ある日同僚の僧侶たちは東尋坊を海岸見物に誘い出し、酒に酔わせたところを崖から突き落としてしまった。以後その4月5日になると海が荒れるという。

◇話が脇へ逸れるが、上の「平泉寺」は、岩手県で世界遺産にもなった奥州藤原氏の遺産と同じ文字で、読み方が異なっている。実は同じ「平泉」なのは偶然でなく、福井の文化が藤原氏によって奥州へ持ちこまれたという説が有力である。

◆蛇足
海に面した柱状節理の崖として東尋坊は高さ25mと国内有数なのは確かだが、宮崎県には高さ70mの馬ヶ背という崖が存在している。おそらくこちらが柱状節理では日本一の高さであろう。いずれ当ブログで採り上げる。


■最新訪問時期:2007年5月

■参考図書など
『日本列島ロマンの旅 景勝・奇岩の地学探訪』友成才 東洋館出版社 1998年
『日曜の地学6北陸の地質をめぐって』絈野義夫 築地書館 1979年
『日本の地形5中部』東京大学出版会 2006年
福井市自然史博物館




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